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京都府立嵯峨野高等学校(京都こすもす科)(京都府)の受験録(2016年度)-合格体験記

洛南高等学校附属中学校(京都府)の受験録(2016年度)-合格体験記

京都府立嵯峨野高等学校(京都こすもす科)の受験録-合格体験記

山﨑 稜太くん(2017年)

進学校以外の合格校名

・同志社高等学校 ・帝塚山高等学校〈男子英数コース 英数クラス〉
・京都橘高等学校〈国公立進学(S)コース〉

わたしの志は、
自然災害による被害を少しでも多く減らせることのできる建物を設計する建築士になることです。
僕は小学生の高学年くらいのときに、この志を持つようになりました。きっかけとなったのは祖父です。僕の祖父はデザイナーだったので、小さい頃から、何かを創造することに興味がありました。そのことから今に至ったのだと思います。しかし、一級建築士になるための道は非常に厳しいと聞きます。特に、理系に関することに力を入れなければなりません。だから僕は、志を実現させるために高校、大学と理系の道を歩みたいです。

僕は将来、これから世界で起こるかもしれない自然災害にもたえることのできる建物を設計し、世界に貢献するという志があります。小さい頃から、何かを作ったり考えたりすることが好きだったこと、また、祖父がデザイナーだったこともあり、僕は一級建築士になりたいと思うようになりました。そして、この夢を実現するためには、理系分野に力を入れる必要があるということを知り、そういった学校を探している中で、京都府立 嵯峨野高等学校を知りました。

僕は小学部のときから、成基学園に通っていました。中学部に上がった頃の僕は、どちらかというと勉強といえば、テストがあるときにするテスト勉強ぐらいで、正直あまり勉強をしていたとは言えませんでした。しかし、小学部から通っていたおかげか、模試などでは点数を取ることができ、それがかえって僕から勉強習慣をうばっていました。しかし中学二年生になり、勉強の内容も大きく変わり、今まで通りの勉強の仕方では点が取れないということに気付き始めました。中でも数学は、今まで得意だったはずなのに思うように点が伸びないということが何度もありました。だから、僕は、数学を苦手教科にしないように丁寧に勉強することにしました。そうすることで数学の成績を元に戻していくことができ、模試でも今までと同じような結果を残すことができました。しかしそのとき、僕はまた気が緩んでしまい、勉強から遠ざかってしまいました。

そして、そのまま三年生になりました。三年生になると〈夏期学習合宿(合宿)〉があったり、〈日曜進学教室(日進)〉があったりと、いろいろ忙しくなるということを知っていたのにも関わらず、僕は最初、あまり勉強に気持ちを切り替えることができませんでした。そして、〈合宿〉の会場やクラスを決める二回の模試では、一回目のテストが体調不良だったこともあり、あまり良い結果を残すことができず、奈良会場に行くことができませんでした。

奈良に行けなかった。これが僕を刺激する最初の出来事となりました。周りの友だちは自分の行きたいところで〈合宿〉をすることができているのに、自分は行けなかった。この事実が僕の勉強への考え方を変えることとなりました。そして〈合宿〉が始まりました。僕は、もう会場のことは考えずに、自分のやるべきことをとにかくしようと思いました。それでも悔しいという気持ちが抑えきれず、僕は奈良会場のテキストをコピーさせてもらい、〈合宿〉中にそれを解きました。そして僕は、この合宿を境に大きく変化しました。〈合宿〉のとき、僕は何度も周りを見渡しました。そのたびに僕は、周りとの差を実感させられました。このままじゃいけないと、このとき初めて感じました。そして〈合宿〉のとき、僕はある決意をしました。それは、嵯峨野高に絶対合格するということです。僕が嵯峨野高に行きたいと真剣に思うようになったのは、三年生の夏でした。

でも、行きたいと思ったものの、今の自分では到底かなわないということを痛感しました。それでも諦めたくなかったので、僕は途中で断念しない方法を考えました。そんなときに〈合宿〉で、自分の志望校と決意を述べるという自己紹介の場が設けられました。だから僕はこれはいい機会だと思い、このとき、嵯峨野高に合格すると宣言しました。そして、そう決めてからの日々は本当に一瞬でした。夏休みが終わるとすぐに〈日進〉が始まり、自分の未熟さに改めて気付かされました。それでも、ここで諦めてはいけないと思い、とにかく復習に励みました。しんどいことがあまり嫌いではなかった僕は、成績があまり伸びないときでも、とにかく復習と得意科目を伸ばすこと、そして苦手科目をなくすことに集中しました。また、僕は最初あまり丁寧に勉強をするということが得意ではなかったので、よく担任のM先生に、「丁寧に。」と声をかけていただきました。そして、いつのまにか僕はずっと勉強をしていました。でも、それは僕にとって酷ではなく、むしろ更に、確実に、自分は成長することができているという期待の方が大きく、いつしか勉強時間も今まででは考えられないくらい、長くなりました。

そして、〈日進〉も終わり、他のオプション講座も次々と終わっていきました。僕は〈日進〉が終わってから成績が伸びてきたので、オプション講座などでは、とても安定して授業を受けることができました。そして、いよいよ迎えた入試当日。僕は、あまり緊張していませんでした。それは自分のしてきたことに、自信を持っていたからです。そして、結果発表の日。自分の番号を見つけたとき、自分が歩んできた道を思いかえし、大きな達成感を得ました。

先生方、親、そして一緒にがんばった仲間たち、今まで本当にありがとう。言葉では表し切れないほどのものを、みんなにもらいました。この三年間を僕は決して忘れません。

そして、これから同じ道に進むみなさん。努力はすることに意味があります。しなければ何も始まりません。それを気付かせてくれるのも、また努力です。自分の限界に何度も挑戦し、がんばってください。

 

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久山 陽子さん(2017年)

進学校以外の合格校名

・京都成章高等学校〈アカデミーコースASクラス〉

わたしの志は、
薬剤師になって、薬が嫌いな人や重い病気の人に対し、飲みやすく副作用の少ない薬をつくることで、薬をあまり飲まなくても健康で幸せに暮らせる社会にすることです。
この志にした理由は二つあります。
一つ目は、もともと理科の実験が好きで親に話したら、「薬剤師になったら?」と言われたからです。
二つ目は、私の祖父は病気で多くの薬を飲んでいるのですが、そのときにもっと飲みやすく、量の少ない薬があれば良いのにと思ったからです。
高校では研究の機会がたくさんあるので一つ一つ大切にしていきたいです。

私の三年間

私が成基学園に入ったのは、中学一年生の時です。入塾するきっかけになったのは、小学校のときに受けた全国統一小学生テストです。その頃、地域にあるそろばん教室には行っていましたが、本格的な塾に行くのは初めてだったので、設備が整っていることや充実した授業内容に驚き、ここで勉強したいと、入塾しました。

しかし、塾は憧れだけではやっていけないところだとすぐに感じました。中学一年生の三回目の模試の時です。私はその日体調が悪く、テストの最中も集中力がありませんでした。案の定、その結果は悪く、HクラスからAクラスへ落とされてしまいました。体調管理ができず、成果を出せない自分がとても悔しかったです。Aクラスになった後は、絶対次の模試でHクラスに戻るのだという思いで努力しました。

二年生になり、クラスも戻りました。それからは、成績が落ちず自分は大丈夫だろうという思いがありました。初めて受けた〈堀川・西京・嵯峨野模試〉ではA判定がとれました。ところが、その次の二年生最後の模試ではC判定に下がりました。私はそれでもまだ大丈夫だろうと思っていました。しかし、三年生になり自分のその考えが甘いことを知りました。

三年生の〈春期講習会〉。今までとは異なる先生が担当になりました。そこで、今までの予習方法ではダメだとわかりました。私はそれまでとりあえず問題を解いて、その講を終わらせたら良いと思っていて、わからない語句などがあっても徹底して調べるようなことはしていませんでした。その結果、T先生に「予習がたりひん。問題解くのが予習じゃないねん。」と言われました。そこでようやく予習の仕方を見直しました。

やがて、三年生最大の行事、〈夏期学習合宿(合宿)〉が行われました。席もクラスも全て成績順でした。私は〈Vもし〉ではそこそこの成績がとれていたため一番上の会場の二組でしたが、その中でも実力の差を感じました。私は自分の実力は上のクラスにいけるほどではないと悟り、とんでもないところに来てしまったと思いました。〈合宿〉中、テストが二回ありました。一回目のテスト、成績は悪く、下の組の人たちにも追い越されました。クラス内も席順が変わり、周りとの差が目に見え、とても辛かったです。最終日のテストも思うように点が取れませんでした。しかし、五日間朝も夜も勉強づけで過ごしたことで忍耐力やわからなくてもとりあえずやろう!という精神が身につきました。後々諦めそうになったときに〈合宿〉の時のことを思い出すことで奮起し、もう一度がんばることができました。

それから、あっという間に〈日曜進学教室(日進)〉が始まりました。テストをしてから一週間で復習をし、さらに先生から出されたプリント、通常授業の宿題、次の予習などをこなさなければならず、多忙を極めました。私は一度した問題を復習することが苦手で、面倒臭がって翌週にまわしたり、やらなかったりしていました。そうすると、わからない単元は本当にできません。やがて、できるところしか取れなくなり、得点の浮き沈みが激しくなりました。そして、コースが分かれてから成績が階段を降りるかのように下がっていきました。取ったことのない四十点台になることもありました。そこで、ようやく復習をし始めました。ずいぶん遅めの改善です。それでもできる限りのことはやろうと受験に向けてがんばりました。具体的には、ワークの解きなおしや〈日進〉の苦手な教科の解きなおしです。すると、少しずつ解けるようになるのが自分でもわかりました。コツがつかめ、その後行われた、〈正月特訓〉や〈入試直前特訓〉でも同じようにしました。

私が受験で学んだことは二つあります。

一つ目は、努力をし続けることです。少しでも手を抜くと、必ず自分に返ってきます。だから、いつも全力で取り組む姿勢が重要です。

二つ目は、諦めないことです。自分の成績が悪くても落ちこまないこと、次に向けて自分に何ができるのかを考えることが大切です。解けない問題があっても、諦めずにやっていたら解けるようになります。

私は、高校に合格することで将来、薬剤師になるという夢への一歩が踏み出せたと思います。これからもたくさんの困難にぶつかると思いますが、努力して、乗り越えていこうと思います。

みなさんも決して諦めずに、強い思いを持ち自分のペースで自分なりにがんばってみてください。きっとなんとかなると思います。

 

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田中 百音さん(2017年)

進学校以外の合格校名

・京都女子高等学校〈Ⅱ類〉 ・花園高等学校〈特進Aコース〉

わたしの志は、
警察の鑑識官になって事件解決に貢献し、人々が安心して暮らせる毎日をつくることです。
私は小さい頃から刑事ドラマや警察の特集番組が好きでした。事件を冷静に分析して解決し、被害にあった人を安心させる姿が正義の味方のように見え、強く憧れました。中学生になり、証拠を集めて事件解決を陰で支える鑑識官という仕事を知りました。私も鑑識官になり、得意な数学や理科を生かして鑑識の精度をあげ、事件解決に貢献したいと思いました。そして、人々が安心して暮らせる毎日をつくる正義の味方になりたいです。

前進

私が成基学園に通い始めたのは、中学一年生のときでした。姉が通っていたので入塾することになりましたが、人見知りだった私は、はじめの一ヵ月ほど緊張しながら嫌々通っていました。しかし、はじめて他校の友だちができたり、授業で先生の話がおもしろかったりと、次第に通うのが楽しくなっていきました。

一、二年生の頃はただ定期テストで良い点を取るための勉強でしかなく、塾で出された宿題をこなすだけでした。そのおかげで定期テストではどの教科も九十点以上をとることができていましたが、受験に向けた強い意識はありませんでした。

そんな私の姿勢が変わったのは、二年生のおわりでした。その時に受けた模擬試験で、苦手科目である社会の成績がとても悪かったのです。社会だけ平均点を大きく下まわっていて、ショックを受けました。しかし、私は負けず嫌いなところがあるので、「これからはがんばって、社会を得意科目にしよう。」と思うようになりました。

そして受験学年である三年生になりました。友だちと志望校について話すことが増え、自然と姉が通っていた京都府立 嵯峨野高等学校を意識するようになりました。社会はK先生から教わり、一、二年生の時より熱心に授業を聞くようになりました。また、K先生は重要な用語をまとめたプリントを配ってくださいました。私はこのプリントを完璧に覚えようと決め、毎回行われる確認テストで満点をとることを目標に取り組みました。

そして、夏になり五日間の〈夏期学習合宿(合宿)〉へ行きました。知らない人ばかりのなかでやっていけるか不安でしたが、私と同じく嵯峨野高を目指す人たちと仲良くなりました。一緒にコースや勉強のことを話す中で、嵯峨野高を受験するんだという実感がわいてきました。

二学期になって〈日曜進学教室(日進)〉がはじまり、社会の勉強の成果があらわれはじめました。プリントで覚えた用語が出題されることも多く、点数が安定するようになりました。順位もベスト五十に入ることが増え、勉強したかいがあったと嬉しく思いました。

そんな中、次に悩まされたのは国語でした。〈日進〉の《ウルトラコース》での問題は難問ばかりで、偏差値はいつも四十前後でした。復習しても理解できない問題が多く心が折れそうでしたが、それと同じくらい悔しさもありました。どんな勉強をしていくべきか国語科のE先生に相談に行きました。E先生は私と一緒になって勉強の方法を考えてくださり、難しい問題は理解できるまで付き合ってくださいました。すぐに変化があらわれることはありませんでしたが、「国語は成果が出るまでに時間がかかるから、根気強く続けることが大切だよ。」と仰ってくださり、〈日進〉や講習会の問題を何度も解き直しました。そうしていくうちに、文章のパターンや解法のコツがつかめるようになっていきました。何より、諦めずに取り組み続けたという事実は自信につながりました。そして全十五回の〈日進〉が終わり、入試までの二ヵ月は過去問題とこれまでの問題の解き直しを徹底的に行いました。

いよいよ迎えた受験当日、十六回目の〈日進〉を受けに行く感覚で、緊張はあまりしませんでした。しかし、得意な数学で大問一つがすべて分からず、頭が真っ白になってしまいました。手が震えるのをおさえて深呼吸し、「分かる問題を完璧にしたら大丈夫。」と自分を落ちつかせました。試験が終わってからも少し不安な気持ちがありましたが、「解けなかった問題は、きっとみんな解けなかったはず。終わったことは忘れて、とにかく次に集中しよう。」と自分に何度も言いきかせました。そのおかげで、残りの教科は平常心を取り戻して無事に解き切ることができました。

合格発表の日、そわそわしながら学校に行きました。「あった。」自分の番号を見つけた後、本当にホッとしました。一緒に見に行っていた友だちの番号もあり、二人で何度も受験票を確認して喜び合いました。

受験が終わった今、私は感謝の気持ちでいっぱいです。忙しい中、毎日送り迎えをしてくれたお母さん。心配もかけましたが、いつも話を聞いて見守ってくれました。本当にありがとう。そして、応援してくださったコスモの先生方、ありがとうございました。先生方には、勉強はもちろん、志を持つことの大切さを教えてくださり、人生の師のような存在です。また、コスモのみんなは仲間でもあり良きライバルでもありました。こんな恵まれた環境で勉強できたことに心から感謝しています。

私はこの受験で精神力が強くなり、自分の中に何か強い軸ができた気がします。この軸がブレないように、ブレても自分で正せるように、志を持ち続け何事も諦めないで前進し続けます。

 

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