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洛星中学校(京都府)の受験録(2017年度)-合格体験記

洛星中学校(京都府)の受験録(2017年度)-合格体験記

洛星中学校の受験録-合格体験記

龍村 大輝くん(2017年)

進学校以外の合格校名

・東山中学校〈ユリーカコース〉 ・東大寺学園中学校 ・土佐塾中学校

わたしの志は、
塾の先生になって生徒たちを第一志望校に合格させることです。
僕は、もともと人に何かを教えることが好きでした。塾の授業を受けて、勉強の楽しさを知ることができました。塾で難しい問題に挑戦し、それをわかりやすく解説してもらい理解できたときのうれしさは、それまでに感じたことのない感覚でした。このような思いを感じてもらえるような先生になりたい、と思うようになりました。そのために、僕自身もっと勉強して、何でも人に正確に説明できるくらい知識を身につけていきたいと思います。

逃げ出さない

僕が成基学園に通うようになったのは、小学三年生の終わりからでした。それまでは他の塾に通っていましたが、その塾や学校の勉強だけでは物足りなくなってしまい、もっといろいろな知識を身につけたいと思うようになりました。その頃、両親から成基学園のことを聞きました。もっといろいろなことが勉強できるところで、昔、父も通っていたとのことで、成基学園に行くことに決めました。

僕は、野球が好きで地元の野球チームに所属していました。でも、六年生になる前に、受験勉強に専念するため、野球をやめることにしました。チームのみんなと離れるのはつらいことでしたが、四条西院教室で、一緒に勉強する仲間と夢を目指すことを選びました。野球チームをやめる最後の日にお別れ試合をしてもらい、みんなから、「受験がんばって合格してね」などの寄せ書きをもらいました。僕はみんなの期待に応えられるように、より一層がんばろうと決意しました。

成基学園では、〈最難関特訓〉や〈夏期学習合宿(合宿)〉、〈日曜進学教室(日進)〉など、さまざまなオプション講座を受けました。その中でも一番思い出深く、また自分を大きく成長させてくれたのは〈合宿〉だったと思います。なぜなら、それまでは四条西院教室の中だけで勉強していて、自分の実力がしっかりとわかっていませんでした。しかし〈合宿〉に行くことで、自分がどれくらいの位置にいるのかを思い知らされたからです。一番上のクラスでしたが、自分より実力のある人がたくさんいて、実力差を見せつけられました。このままの勉強では第一志望校に合格できないのではないかと思うようになりました。それからは、もっと勉強しなければいけないと思い、勉強の質も量も高めていきました。

僕が洛星中学校を志望したきっかけは、面談のときに担任のM先生から、当時志望していた公立中高一貫校よりも、難易度の高い「洛星・洛南」レベルを目指してみないかと言っていただいたからです。その後、洛星中の学校説明会や見学会に行き、その自由な校風や文武両道でがんばれることを知り、僕も洛星中で勉強とクラブをがんばりたいと思うようになりました。

その後、洛星中の〈最難関志望校別特訓〉や〈冬期講習会〉などを経て入試本番を迎えました。〈冬期講習会〉の頃は誰よりも勉強をしたのではないかと思っています。だいたい、一日十二時間ぐらいは勉強していたと思います。入試本番では緊張しないように、「自分なら合格できる」と自分に言い聞かせました。試験を受けているときは、先生に言われたことを思い出し、自分の力をすべて出しました。

そして、運命の日。洛星中の合格発表を家族で見に行きました。緞帳が開いて、合格者の受験番号の中に自分の番号を見つけたとき、思わず、「あった!」と叫んでいました。その瞬間にとてもうれしいという気持ちや解放感、達成感で体中が満たされました。その気持ちは今でもはっきりと覚えています。

受験を通して一番うれしかったことは、受験した中学にすべて合格できたことです。洛星中はもちろんうれしかったのですが、それと同じくらい東大寺学園中学校に合格できたこともとてもうれしかったです。東大寺学園中を受験しようと考えたのは六年生の夏以降で、対策は過去問をひたすら解きました。初めは全く歯が立ちませんでしたが、〈冬期講習会〉の頃にはある程度解けるようになりました。合格発表の日、入試本番であまり手ごたえがなかったので半ばあきらめていましたが、合格発表の中に自分の受験番号を見つけると、飛び上がるほどうれしかったのを覚えています。すぐ後ろに国語のI先生がいて、「おめでとう。君が受からなかったら誰も受からないよ。」と大変ありがたい言葉もいただきました。

そして、僕が一番感謝したいのは担任のM先生です。僕は、M先生の算数の授業を三年間受けることができました。算数に絶対の自信がついたのもM先生のおかげです。また、M先生は算数以外の教科のことも気にして、「これできてるか。」など声をかけてくれました。自分がやらなければいけない課題を出してくれて本当に感謝しています。

これから受験するみなさんに伝えたいことは、決して「逃げださないこと」です。受験勉強をしていると、嫌なとき、苦しいときが必ずあります。しかし、そのときに自分の好きな教科ばかりやったり、ゲームをして逃げ出したりしてしまうと、これまでの努力が無駄になってしまいます。だから、あきらめず勉強することが大切だと思います。

この三年間お世話になった先生方、全力で応援してくださってありがとうございました。一緒に闘った仲間にも感謝したいです。そして、家でお弁当をつくってくれたり、塾へ送迎してくれたりした、お父さん、お母さん、ありがとうございました。

次は、六年後の大学入試を目指して突き進んでいきます。最後にもう一度、本当にありがとうございました。

 

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喜多川 絢矢くん(2017年)

進学校以外の合格校名

・東山中学校〈ユリーカコース〉 ・土佐塾中学校
・立命館中学校〈総合コース〉

わたしの志は、
人の苦しみを理解し、助けられる人間になることです。
ぼくは、なやみ、勉強から逃げていたときがあった。そんなとき、担任のY先生がぼくのなやみを理解し、解消してくださり、とてもうれしかった。そして、ぼくも、自分のようになやみ、苦しんでいる人を助けたいと思った。そのために、多くの人と交流していろいろな苦しみやなやみを知ること、心理学を学ぶこと、自分がなやんだときになぜなやむのかを考え理解することをしたいと思う。

笑うために

小学四年生の三学期。ぼくは知求館成基学園に入塾した。知求館には、同じ学校のとても仲の良いIくんとAくんが通っていた。その二人がいることと、その二人の勧めで、入塾試験を受けることを決めた。また、兄が小学六年生のときに塾に通っていたというのも入塾したいと思った理由の一つである。

入塾して一番初めの授業がとてもにぎやかで、楽しく、のびのびとしていることにおどろいた。塾はもっと学校のように静かにさせられていると思っていたからだ。ただ、雰囲気は気にいったのだが、授業にはなかなかついていけなかった。

そして、五年生になった。五年生になっても授業は楽しかった。授業にもついていけるようになった。だが、宿題の仕方が悪かった。授業は月曜日と水曜日と金曜日にあったため、土曜日、日曜日は一日中空いていた。そのため、土曜日、日曜日に宿題をすれば、宿題の提出期限に余裕で間に合い、睡眠時間も十分にとれた。しかし、ぼくは土曜日、日曜日に宿題をせずずっと遊んでいた。それで期限に間に合わせて宿題を終わらそうとすれば、睡眠時間をけずることになる。そんな状態が続いていたため、かなり睡眠不足になっていた。そのことに気が付いた母親がぼくを叱り、塾をやめたいと母親に言った。そして、クラス担任のY先生と相談することになった。ぼくは本当は塾をやめることを迷っていた。そのことを見抜いたY先生は、ぼくに本心を気付かせてくれた。それから、やる気が出てきた。

だが、そのやる気は最後まで続かなかった。

六年生になり、宿題の量や授業日数が増え、過酷な講座もでてきた。それでも勉強をさぼらず、〈夏期講習会(講習会)〉のときは朝から自習に行った。しかし、〈講習会〉が終わったときから、自習にあまり行かなくなった。始めは、ちょっとだけならさぼってもいいかなと思い自習に行かなかった。その次の日も、明日すればいいからと思い自習をさぼり、その次の日もその次の日も、「明日する明日する」と思って勉強をさぼり続けた。そして、塾に自習に行かず、家でも勉強しなくなった。

その結果、成績はガクンと落ちた。成績が落ちても、ぼくは勉強しようとしなかった。それどころか、勉強をしないことに変な理由をつけて、勉強や受験から逃げていた。そして、Y先生もぼくのことはもう見捨てているだろうと思っていた。しかし、そんなことはなかった。Y先生はまだぼくのことを気にかけていてくれた。

Y先生は、勉強をさぼっているぼくを叱った。そして、「しょうもない生き方をするな」と言った。その言葉を聞いて、ぼくは「今日から全力で勉強して、受験までの日々を充実したものにしよう」と決意した。

それから、毎日塾に自習に行った。自習では、各教科の先生に出してもらった課題や、赤本をしていた。赤本は、時間配分の仕方を練習できた。また、赤本で高得点をとれると、合格する自信がついた。

オプション講座は全て受講した。その中でも、〈最難関志望校別特訓〉、〈正月特訓〉、〈直前特訓〉、〈日曜進学教室(日進)〉の〈ウルトラコース〉はとても役に立った。〈最難関志望校別特訓〉、〈正月特訓〉、〈直前特訓〉では、問題用紙や解答用紙、問題の出し方などに慣れることができた。〈日進〉の〈ウルトラコース〉では、解いたことのない問題や難しそうな問題がよく出てくるので、実際に入試にそのような問題が出てきても、冷静に対処できた。

入学試験当日。あせらず落ち着いていて、受かる気しかしなかった。入試問題を解いているときも落ち着いていて、入試が終わってからも機嫌が良かった。今思えば、それはとても緊張していたからだと思うがそのおかげでその後の入試も全力を出せた。

そして、次の日。洛星中学校の合格発表。とても緊張していて、不安だった。発表の時間になり、幕が上がった。掲示板に自分の番号を見つけたときは、合格したことがまちがいではないかと何度も受験票と掲示板を見た。まちがいでないことを確認したとき、「やっとつらい日々が終わる! 合格した! やった!」と思った。

最後にこの受験録を読んだみなさんに伝えたいことがある。後悔は絶対に忘れることはなく、いつまでもくやみ続けてしまう。そして、くやみ続けることはとてもつらい。だから、くやみ続けないために、後悔する気持ちをふき飛ばせるように、一日一日を思い出に残る充実したものにしてほしい。そして最後は笑って終わってほしい。

 

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白井 大貴くん(2017年)

進学校以外の合格校名

・土佐塾中学校 ・帝塚山中学校〈男子英数コース 英数クラス〉

わたしの志は、
塾講師になって生徒に分かりやすくていねいに教え第一志望校に導いて、その生徒、家族などを喜ばせることです。
ぼくは、成基学園に小学四年生の春から入塾しました。四年生から六年生までの三年間で、多くの先生の授業を受けました。成基学園の先生を見ていると、塾の先生はとてもやりがいがある仕事で自分もやってみたいと思うようになり、将来の夢を塾講師にしました。中学生になっても夢に向かって進んでいきます。

努力を続けることの大切さ

ぼくが第一志望校を洛星中学校に決めたのは小学五年生の時でした。理由は四つあります。一つ目は、ぼくが目指している京都大学への進学率が高いことです。二つ目は、設備が整っていて、充実した学校生活が送れると思ったことです。三つ目は、自由な校風が自分に合っていると思ったことです。四つ目は、文化祭へ行った時、みんなあいさつをしていて、生き生きとしていたことです。これらの理由でぼくは、洛星中に行くんだと強く思いました。

ぼくが入塾した四年生の時は、受験ということがまだ頭になく、何人かの友だちとただ楽しく勉強をしていました。

五年生になると、授業と宿題が多くなり今まで習っていない単元もたくさん出てきて、難しくなりました。また、ぼくは、小学一年生からサッカーをしていて、毎週土日は、いそがしかったので、宿題をする時間があまりなく大変でした。

六年生になると、勉強とサッカーの両立が難しくなったため、やむなくサッカーを休部することにしました。

六月になると〈日曜進学教室(日進)〉と〈最難関志望校別特訓〉が始まりました。

〈日進〉の〈エントランスコース〉〈ベーシックコース〉では、成績にとても波があり、教科別の順位では五十位になかなか入れずにいたので、とても危機感を感じました。だから〈日進〉の復習と毎回の授業の復習をやったその日にすることにしました。〈ウルトラコース〉になると、とんでもなく問題が難しくなりましたが、〈日進〉と授業の復習を続けていった結果、教科別で五十位内に毎回国算理社のうちの二教科入れるようになり、成績も安定していました。

ぼくは、〈最難関志望校別特訓〉を土曜日は〈洛星中コース〉、日曜日は〈洛南高等学校附属中コース〉と二つをファーストステージからセカンドステージまで受講しました。最初は、とてもきん張をしていたけれど、先生の授業を聞いているうちにきん張がだんだんとけて、集中して授業を受けることができました。普段の教室とはまた違う雰囲気の授業で周りの人はみんなかしこくて、授業についていけるか不安だったけれど、自然とついていくことができました。どちらのコースもみんな、授業中の先生の質問に大きな声で答えていたので自分も積極的に答えるようにしました。自分以外にもその学校を目指しているライバルがいることでより一層勉強にはげみました。

夏休みには〈夏期学習合宿〉があり、勉強づくしでしんどかったけれど友だちもでき、とても良い経験になりました。

秋からは、〈日進〉の復習と赤本をとにかくやりました。赤本は、洛星中の国語六年分と算数十五年分、理科二十年分、社会六年分をしました。苦手教科の国語は、三回くり返しました。それでもまだ何か足りないような気がして、自信をあまり持つことができませんでした。そこで国語のN先生に何度も質問に行きました。友だちに遊びをさそわれてもずっと行けず、もうやめたいと思ったときもあったけれど、合格に向けて努力を続けました。

そしてむかえた洛星中入試当日。

初めはきん張をしていたけれど、問題を解き始めるといつも通り集中することができました。集中はできても苦手な国語の文章の内容が、難しくあまり理解できなかったので少し心配でしたがやれることはやったという気持ちで後悔はありませんでした。

二日目の午前中は帝塚山中学校を受けました。帝塚山中の入試では、第一志望校を受け終わり気がゆるんだこともあり、英数コース止まりでした。今でもとてもくやしいです。

洛星中の合格発表は、両親と行きました。幕が上がったとき、ぼくより先に父と母が番号を見つけました。最初あったと聞いた時は少し本当かどうか疑いました。でもその後、近くへ行くと自分の番号がありました。番号はあっても、実感がありませんでした。学研教室に合格と伝えに行くと、先生方が笑顔で「おめでとう」と言ってくれて洛星中に合格できたんだという実感がわきました。うれしくて、うれしくて、この時ぼくは、努力を続けてきて良かったと思い努力を続けることの大切さを知りました。

最後に、今までぼくを支えてくれた家族、そして成基学園の先生方、ありがとうございました。これからも何か困難なことがあってもこの中学受験の経験を生かして夢に向かって進んでいきたいと思います。

 

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薗部 慧人くん(2017年)

進学校以外の合格校名

・清風中学校〈理Ⅲ6か年コース〉
・香川誠陵中学校

わたしの志は、
正直な人間でいることです。
僕は正直な人間でいたいです。みんなが同じ意見だからつられるのではなく、自分自身の意志で動くような人でいたいです。悪いこと、嫌なこと、などはきっぱり断り、人として良いことの判断をつくことを志として生きていきたいです。

苦労と努力の受験

僕は、六年生になってから第一志望校に合格するまでの間に学力面と精神面で成長できました。この一年を振り返ると、本当につらくて苦しい日々の連続でした。それでも、途中で逃げ出すこともなく、最後までやり遂げられたのは、成基学園の先生、高槻教室で一緒に受験した友だち、そして家族のおかげです。

五年生までの僕は、〈成基オープンテスト〉の成績も良く、塾の宿題もあまり苦になっていませんでした。ところが、六年生になると勉強の量や講座の数も増えて、五年生より大変になりました。日々の宿題をこなすので精一杯でした。

そうこうしているうちに夏休みを迎えました。夏休みは〈夏期講習会〉や〈夏期学習合宿(合宿)〉、〈算数集中特訓〉などの講座があり、毎日が大変でした。特に〈合宿〉は僕にとって関門でした。僕は知らない人と宿泊することが苦手だったので、参加する前から不安でいっぱいでした。そして〈合宿〉当日、予想通り、〈合宿〉の会場で泣いてしまいました。その時、メンタルが弱い僕を支えてくれたのがK先生でした。K先生は最初に泣いている僕に気づき、いろいろと話をしてくれました。そして、次の日も僕の顔を見に来てくれました。そのときに「いろんな先生が、薗部はちゃんとできているって言っていたよ。」と言ってくれました。僕はその言葉で安心でき、おかげで三日目からは、同じ部屋の人とも話すことができるようになり、勉強にも集中することができました。

この〈合宿〉で、僕はメンタル面を鍛えることができたと思います。メンタルの強さは受験において、とても大切な要素だと思います。入試当日は自分との戦いです。緊張しても、自分の力を信じて力を出し切らないと、今までがんばってきた努力が合格という結果につながらないかもしれないからです。

夏休みの〈合宿〉で自分の弱いところを一つ克服できたと思いましたが、夏休み明けにもうまく受験勉強を進めることができなくなりました。〈日曜進学教室〉での成績は悪くありませんでしたが、志望校が決まっていなかった僕は、真剣に勉強に取り組む気力が低下してしまいました。自分でも気持ちの整理がつかないまま九月の授業をしばらく休んでしまいました。

十月に入り、自分の中で、行きたい中学が見つかりました。それが洛星中学校でした。志望校が決まり、もう一度受験勉強を始めようと思いましたが、みんなに差をつけられているのではないか、今の自分に最後までできるのだろうかという不安でいっぱいでした。恐る恐る塾に行くと、友だちや先生たちが、やさしく迎えてくれたので、安心できました。

ここから、僕の本当の受験勉強が始まりました。僕の課題科目は国語でした。主人公の心情や筆者の意見を読み取ることが苦手でした。しかし、H先生やK先生のおかげで、文章を読むことが好きになり、洛星中の過去問でも高得点をとれるようにもなりました。算数はもともと得意な科目でしたが、洛星の算数には苦戦しました。得点を思うようにとることができずにいましたが、直しをすることで「そういうことか」と気づき、点数もとれるようになってきました。僕は「直し」でたくさんのことに気づけました。みなさんも「直し」を大切にしてください。僕は何度も直しをして、満足いく点数がとれるまで間違えた問題を繰り返しました。志望校の過去問にはいろいろな情報があるので、はしからはしまで解いてください。

入試当日、僕は洛星中にいることが信じられませんでした。終わった科目のことは考えずに目の前の科目のことだけを考えるようにしました。そして、全力を出し切ることができました。

合格発表当日、僕は別の中学校を受験していたので、父と兄が洛星中の合格発表に行ってくれました。入試が終わった後、母が「よくやった」と言ってくれました。そのときは嬉しさ以外の何も感じませんでした。時間が経つにつれて、僕を応援してくれた人たちの期待に応えられた喜びも湧いてきました。
先生の指導を信じてひたすらついて行くことを心がけ、教室の友だちと一緒にがんばってきたことで僕は合格できました。

成基学園、先生方、一緒に受験を乗り越えた友だち、本当にありがとうございました。

志望校に合格するまでの道のりは、長くて険しいです。僕のように、受験をやめたいと思う人もいるかもしれません。そんな時こそ、先生や友だちを信じてください。必ず良い方向へ向かうはずです。そして、志望校の合格を信じて最後まで全力でぶつかってください。

 

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中本 煉くん(2017年)

進学校以外の合格校名

・東山中学校〈ユリーカコース〉

わたしの志は、
みんなに頼ってもらえる獣医師になることです。
ぼくは動物が好きで、獣医師になりたいと考えていました。親が獣医師であり、身近な職業であったことも理由の一つです。獣医師になるためには獣医学科のある大学で六年間勉強する必要があり、その後の国家試験に合格する必要があります。このため、しっかりと勉強を続けていかなければなりません。この目標に向かって、中学生になってからも努力していきたいと思います。

中学受験は山あり谷あり

ぼくが志望した中学校は、洛星中学校です。洛星中を志望した理由は、文化祭の見学で学校の雰囲気がとても楽しそうだと感じたからです。また、勉強だけではなく、クラブ活動も積極的にできそうだと感じたためです。これらのことから、洛星中学校が自分の理想にとても合っていると思い、志望しました。初めの頃はいくつかの中学校の中で何となく父が通っていた洛星中に行きたいと思っていましたが、志望校がはっきりと決まってからは、「絶対に洛星中学校に行きたい。」と思うようになり、他の中学校のことは考えなくなりました。

受験当日、試験会場に到着するまでは、とても楽しみでした。一緒にがんばってきた同じ中学校を志望する成基学園の仲間たちに試験会場で会い、普段と同じような会話をすることで気持ちを落ち着かせることができました。試験会場に入ると、そこには何とも言えない緊張感が漂っていました。このため、自分にも少しばかりの緊張感が出てきました。しかし、試験問題を解く時には、それまで感じていた緊張感が不思議となくなり、まるで〈日曜進学教室(日進)〉の第二十一回目を受けているかのような雰囲気で、いつも通りに試験問題を解くことができました。「できた!」という手応えはありました。合格発表の当日、舞台上の幕が上がると周りからは歓声が上がりました。しかし、たくさん人がいたため、すぐには発表された番号を見ることができず、ようやく自分の受験番号を見つけた時は、嬉しい気持ちと同時にホッとした気持ちもこみ上げてきました。さらに、家族や塾の先生方への感謝の気持ちも湧いてきました。

ぼくが成基学園に入塾したのは小学四年生の四月でした。当初は親の勧めで入塾しました。塾の勉強はとてもおもしろかったのですが、予習や復習などに慣れるまでとても大変でした。その頃は、学校の同級生が遊んでいることがうらやましくて、塾に行きたくない時もありました。

小学五年生の春の時点では、中学受験をするかどうかもはっきりとは決めておらず、いまいち勉強に身が入らない状況でした。しかし、夏頃からは中学受験を前向きに考えるようになりました。

小学六年生になると、塾での授業時間がさらに増えました。それに加えて、〈日進〉や〈日曜練成講座〉、〈志望校別特訓〉なども始まってとても大変でしたが、自分の苦手な分野や、同じ中学校を志望する仲間の中での自分の位置を把握することができました。毎週行われた〈日進〉の成績は、良い時と悪い時の波が非常に大きく、最後まで安定しませんでした。しかし、〈日進〉で出題された様々な分野の問題をその度に復習することができ、成績の波を小さくするために、〈日進〉が終わった後は特に算数に力を入れて復習しました。〈日進〉はとても大変でしたが、この時のがんばりが志望の中学校に合格することができた理由の一つだと思います。〈志望校別特訓〉では〈洛星中コース〉を受講しましたが、問題形式は洛星中の特色や傾向に基づいていて、問題レベルも洛星中と同じくらいでした。このため、少なくてもどのくらいの問題数が解けなければいけないのかなど分かりやすく、受講してとてもよかったと思います。お正月には〈正月特訓〉があることで、気を緩めずに過ごすことができ、〈直前特訓〉では自分の不得意な分野の最終確認ができました。これらの特訓は志望校に分かれていたので、所属教室以外の同じ目標に向かう仲の良い友だちを作ることができ、みんなでがんばることができました。塾以外にも、受験日直前まで習い事のスイミングに行ったり、友だちと遊んだり、家族で出かけたりしていました。勉強以外のことを行うことで、良い気分転換ができていたのではないかと思います。

これから中学受験をするみなさんにお伝えしたいことは、常に勉強だけをするのではなく、気分が乗らない時には勉強以外のことをしたり、簡単な問題を解いたりするように心がけると良いと思います。ぼくが志望校を最終的に決定したのは小学六年生の秋くらいで、夏まで学校見学に行っていました。最後までじっくりと志望校を考えることができたのはとても良かったと思います。最終的には焦らないで自分が希望する中学校を見つけると良いのではないかと思います。

最後になりますが、塾の先生には時に叱られ、時には励まされました。また、父や母には塾への送迎、お弁当の準備、受験直前の体調管理をしてもらい、弟には自宅で友だちと遊ぶことを我慢してもらいました。受験は自分一人だけではなく、周りの人たちの協力を得ることで成し遂げることができたのだと改めて感じています。そして、みんなの協力に感謝しています。

本当にありがとうございました。

 

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