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成基学園を巣立った人々

成基学園を巣立った人々

成基学園を巣立った人々:溝畑 宏

成基学園を巣立った人々:溝畑 宏

「自立自助」の精神で頑張れば、ローカルから世界への飛躍も可能だ!
根明に競争して、みんなで元気になっていこう!


1960年 京都市生まれ
1972年 洛星中学校入学
1975年 洛星高等学校入学
1978年 東京大学法学部入学
1982年 同大学卒業 自治省入省
1990年 大分県庁出向
1999年 自治省復帰
2000年 大分県出向 大分フットボールクラブ取締役
ゼネラルマネージャー
ワールドカップ大分開催の運営に携わる
2004年 大分県参事 大分トリニータ代表取締役
2010年 観光庁長官
2012年 内閣官房参与

自治官僚、消費税、市町村合併、サッカーワールドカップの誘致、立命館アジア太平洋大学の設立、Jリーグ大分トリニータのGM、社長、観光庁長官、そして震災復興のために被災地を自転車で駆け回る活動。溝畑宏氏のダイナミックな活動は、社会の注目の的である。
そして溝畑氏は、成基学園で学んだ仲間でもある。
そのあふれんばかりの行動力、実行力の源泉はどこにあるのか。
率直な話を聞いた。

Chapter.1
両親の教えで、前向きに伸びていった

溝畑宏氏は、数学者、京都大学名誉教授の故溝畑茂氏(1924-2002)の長男として京都に生まれた。
子ども時代、京大教授だった親父は、食事の時に常々「こんな狭いところでうろうろしていてはいかん『自立自助』の精神で、最大限に努力せよ」と言いました。
中学を卒業するときには、地球儀を持ちながら「お前、どんな分野にせよ、世界トップレベルを目指せ。職人でもいい。とにかく究めろ、突き抜けろ」と言われました。
高校、大学の受験についても、ただ頑張れと言うのではなく、「人生、何のために生きるのか、何をするのか」を考えよと言われました。
親父は朝5時に起きて研究をしていました。最初は「なぜそこまで頑張るのか」と思いましたが、親父の背中を見ているうちに、人間、「能力」の前には頭は下げなくとも、「努力」の前には頭を下げるのだ、ということが自ずとわかるようになりました。
もう一つ、親父の記憶として、学生紛争の最中に、親父がヘルニアになりながら学生たちと対峙していたことを覚えています。当時、鹿王院(京都市右京区)に住んでいたのですが、毎日学生たちがおしかけてきて、議論を吹っかけてくる。親父はそういう学生にきちっと向き合って話を聞き、議論していました。
当時、小学校の4年頃だった私は、なぜ夜遅くまで、そんなことをしているのか、と思いましたが、親父はどういう相手であっても、逃げないできちんと対応をしていたのです。
また私は小さい時、いじめられっ子でした。母は、「開き直って、目立って目立って目立ちまくれ」と私を励まし、背中を押してくれました。
そういう両親によって、私は少しずつ積極的で、前向きな人間になっていったのです。

溝畑氏は洛星中学、高校から東京大学法学部に進み、卒業後、自治省に入省した。

大学を卒業して、さてどこへ行こうかと思ったのですが、たまたま国家公務員試験に合格したので、自治省に入ることにしました。
そのときに思ったのは「これからは地方だ」ということです。
当時の上司は「地方を元気にすることが、日本を元気にすることだ」と言いました。
この言葉にじんときて、「よし、日本を元気にしよう」と思ったのです。
私は常に部下には「仕事をするときには、成功のイメージを持ちなさい。この国をどのようにするか、イメージを持って取り組みなさい」と言ってきました。
私自身も、官僚であっても、民間であっても、立ち位置は別として明確なイメージを持って仕事をしてきました。
私にとって、日本を元気にするイメージとは、北海道にいても、沖縄にいても、そこに住んでいる人が郷里に誇りを持つこと。そして親父が教えてくれた「自立自助」の精神で精一杯努力をすることだと思います。
ローカルで頑張っていけば、世界に行ける。そんな社会にしていきたいと思ったのです。
誇りを持って、言い訳をせず、究めることができる。世界に通用できる。
そう考えて、サッカーのワールドカップの誘致も、大分トリニータの設立も取り組んで来たのです。

韓国へ乗り込み世論へアピール!

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中国の観光大臣に日本をアピール!

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あのレディ・ガガと熱いキス♥写真左はルース駐日アメリカ大使。

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風評をぶっ飛ばす。猪木とダーッ!(観光庁HPより)

風評をぶっ飛ばす。猪木とダーッ!(観光庁HPより)

溝畑歩けば、笑いが起こる!官僚らしからぬバイタリティーで上司、部下の人心を掌握した。

溝畑歩けば、笑いが起こる!官僚らしからぬバイタリティーで上司、部下の人心を掌握した。

2002年 日韓ワールドカップ招致。

2002年 日韓ワールドカップ招致。8

2008年 大分トリニータ ヤマザキ・ナビスコ杯制覇

2008年 大分トリニータ ヤマザキ・ナビスコ杯制覇

2009年 大分トリニータ社長辞任

2009年 大分トリニータ社長辞任

溝畑氏は1990年に自治省から大分県庁に出向、2002年ワールドカップの大分県での試合誘致、立命館アジア太平洋大学の設立、大分トリニータの設立などを担当した。
1999年には自治省に復帰し、市町村合併を推進したが、翌年、再度大分県に出向し、大分フットボールクラブ(大分トリニータ)取締役ゼネラルマネージャーとなった。
そして2010年1月、観光庁長官に就任した。

ワールドカップの試合誘致は12年かかりました。立命館アジア太平洋大学は、ローカルな地からアジアのハーバード大学を作ろうと考えたのです。そして大分トリニータの設立も、地方から世界に通用するアスリートを作りたいという思いがありました。大分トリニータは、2008年にはJリーグナビスコカップで優勝しています。
そういう風に、ローカルだけどグローバルを目指していくことに対する仕事をしているときに、観光で日本を元気にしていく観光庁長官というミッションがきたのです。
観光庁長官として、2年3ヵ月の任期で三つのことをやりました。
一つは、日本各地の宝物を掘り起し、地域ブランドとして発信することです。
二つ目は、観光というものが一次、二次、三次の産業が関わる総合的な産業だと認識し、少子高齢化が進む中でオールジャパンで取り組むべき課題であると規定し、観光で世界から人々を呼び込もうとしたことです。
そして三つ目は、休暇改革。年末年始や夏に観光客が集中するのではなく、休暇を分散させることで、バランスのとれた需給関係を作ろうとしたことです。
この三つの課題に取り組む中で、今までの観光というのは、どちらかと言えば旅館とか、旅行会社とか狭い領域でしか見ていなかったのを、アイドルグループ「嵐」を観光立国ナビゲーターに起用したり、映画やスポーツ、医療なども巻き込んで、観光のすそ野を広げることにも尽力しました。
任期中に、未来へ向けた一定の道を拓くことができたのではないでしょうか。
ただ、昨年3月11日に東日本大震災が起こり、海外に攻勢に出たかったことができなくなったのは大きかったですね。特に観光は、経済的な萎縮や、イメージ上のダメージをこうむりました。
スケールの大きなことをやりたかったのに、できなかったという悔いは残ります。

Chapter.2
震災からの復興へ!ペダルを踏む日々

観光庁の長官を退任後、溝畑氏は内閣官房参与として国政に助言を与える任務を果たしながら、自転車で被災地を回る活動を続けている。

「ここから這い上がるんや!」「第三の開国や!」という気持ちですね。自転車で被災地のみなさんの元を回りながら、現場主義、体を張って復興のリーダーシップを取る。親父がそうだったように、背中でみなさんを励まし、復興の道筋をつけようと思ったのです。
震災後、世界の観光客も、韓国を除いて回復してきました。
日本は四季折々の季節に恵まれ、治安も良く、多様な文化も有しています。美しい景観も世界レベルです。国を挙げて取り組めば、アジアの巨大なマーケットを相手にするこがとできると思います。
震災後、被災地には今まで36回行きましたが、現地で思ったのはまだまだ観光分野は復興していない、津波によって壊滅状態になった観光ソフト、ハードは十分に回復していないということです。
ここ1年、もっと東北を応援していかなければならない。そこで、私は「東北観光博」の開催を提唱したのです。

東北観光博とは、東北地方全体を博覧会会場とし29のゾーンに分け、それぞれに「観光案内人」を設けて、観光客に東北の良さを紹介する博覧会だ。
「こころをむすび、出会いを作る」をテーマに、2013年3月まで開催される。

29の会場を自転車で回ろうと思ったのは、私の現場主義の考えからです。
今年、石原慎太郎東京都知事に、「君は42.195km走れないだろう」と言われたことに反発して、東京マラソンに参加して完走しました。全くトレーニングをしなかったので、6時間40分かかりましたが、それでわかったのは、人生を諦めなければ、必ずゴールにたどり着ける。挫折があっても、乗り越えることができる、ということです。
マラソンに比べれば自転車で回るのは何でもない。1000㎞だって走れる。現場主義で各会場を回って、いろいろな人と出会い、感じて、自分なりに課題、問題を抽出して、フィードバックしたいな、と思ったのです。

こころむすぶ。東北観光博

各会場で私が地元の人に話しているのは「自立自助」の精神です。自分たちで未来を拓く気持ちで頑張ってほしいと話しています。
ワールドカップを誘致するのに12年かかりました。
大学を作るのにも10年かかりました。
Jリーグで優勝するにも15年かかりました。
諦めなければ、必ず達成できる。人は能力の前には頭は下げないが、努力の前には頭を下げる、ということですね。

成基学園に学んだ一人として、溝畑氏は教育に対してどんな考え方を持っているのだろうか。

私、姉、弟、甥っ子2人と、成基学園は、うちの一族がお世話になりました。縛られていない、明るいイメージの塾でしたね。頑張ったら名前が張り出されたり、良い意味での競争がありました。
私は授業中にこっそりガムを噛んだり、先生に「うるさい」と叱られたりしましたが、明るかったですよ。
先生に「まっすぐ生きよ、正しく生きろ、素直に生きろ、そうしたら怖いもんなしや」と言われたことも記憶に残っています。
私の性格の内、「人を認め合う」ところなどは、成基学園で培われたと思っています。
私は、教育にも「自立自助」が必要だと思います。競争も必要です。ただし、優勝劣敗はいいけれども、弱肉強食はダメです。
勝った奴は負けた奴をいたわる、負けた奴は勝った奴を認める。そして負けた奴は10倍努力する。そういう社会を目指したいですね。
根明に競争して、みんなで元気になっていく。そういう社会になれば、差別なんかおこるものではないと思います。
人目を気にするよりも、自分を高めることを考える。そういう教育ですね。
成基学園は、これからも夢に向かって走る人を生み出す教育機関であってほしいと思います。

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